Kobakenプロフィール
私は小林謙輔(こばやし けんすけ)と申します。
Web制作会社でWebデザイナー・ディレクターを経て、現在はある企業Web担当者(Webマスター・ディレクター・プランナー)として働いています。
Webディレクターって何?と思うかもしれませんが、
私がWeb制作会社勤務時代に担当していた仕事は以下のようなことです。
【Webディレクターの業務】
(1)飲食店から製造業まで、さまざまな業種のWebサイトの企画・提案
(2)上記Webサイトのデザイン、制作、ディレクション
(3)Webサイトのキャラクター、イラスト制作
(4)ネットショップの販促企画・メールマガジン執筆・編集
(5)Webサイトのコンテンツ制作のためのインタビュー取材、原稿執筆
(6)Webサイトに掲載する写真撮影、加工
などなど。
これらの仕事をすべて任せてもらいました。今はこちらの記事に書いた理由もあり、一企業のWeb担当として再スタートしていますが、自分のやりたいことを仕事にできるということは、非常に幸せであり、充実した毎日を過ごしています。
こんな私も、数年年前(2001年)までは製造業の1社員でした。転身したWebデザインの世界はまったく畑違いの仕事です。
■私がWebデザイナーを目指した理由
こんな私ですが、3年前までは、ある化学メーカーの工場でエンジニアとして5年半もの間、働いていました。
エンジニアというと聞こえがいいのですが、与えられた仕事も満足にこなせないいわゆる落ちこぼれだったのです。
なりたくてなった、目指してなった職業ではありませんでした。
20歳の時に工業高専の化学科を卒業したものの、自分が何をやりたいのかよく分からず、そのままのなりゆきで就職したという感じです。
なりゆきで就職したと言っても、高専は就職率が結構よかったので大手の会社に就職することができたのです。
同期には世間で一流と言われている大学を卒業した修士や博士がいました。
■こんなはずじゃなかった
生まれて始めて親元を離れ、四国に渡り寮生活を始めました。
仕事はチンプンカンプンでした。毎日よく怒られました。チンプンカンプンですから、面白みを見つけることもできませんでした。
「分からないことは何でも聞けよ。」
ってよく先輩から言われましたが、私には「何が分からないのか、それすら分からない」。そんな状態だったのです。
「......○○ってなんですか?(かなり基本的なこと。Webデザイナーが、CGIって何ですか?と聞くようなレベル)」
「そんなこと聞くなよ!」
「......。」
それほど当時の私のレベルは、会社の求めているレベルとかけ離れていたのです。
(私が入社した翌年から、この会社では高専卒業者を採用することをやめてしまいました。)
今思えば、まさに背伸びをして自分のポテンシャル以上の会社に入ってしまったという感じでしょうか。
入社当初は本当に毎日会社に行くのがイヤで仕方がありませんでした。
「こんなはずじゃなかった。」
毎日毎日、
「辞めたい。どうすれば周りに笑われず、波風たたせずに辞められるだろうか?」ということを考えていました。
でも当時の私には辞める勇気すらなかったのです。辞めたとしても次に自分は何をすればいいのか、まったく浮かびませんでした。
仕事は精神的にキツイし、辞めたいのに辞めれない自分。
「オレは何のために四国にまで来て1人暮らししてるんやろう?」
コンパや飲み会、筋トレ、競馬でストレスを発散することで自分をごまかしていました。
そんな感じで、モンモンとした日々を過ごしつつも4年が経過したのです。
■彼女もできたし安泰...のはずだった。
4年も働くと仕事も分かってきてそろそろバリバリ活躍する時期になります。
すると同期の活躍ぶりも耳にするようになります。
皆仕事が楽しくなってきているようでした。楽しいことは進んで勉強します。
私は仕事が嫌いでしたので勉強しませんでした。次第に同期との実力差を感じるようになりました。
こんな私ですが彼女ができました。
貯金がそこそこ溜まっていましたので、キャッシュでドンと新車を買ったりして、上辺は充実していました。
「この場所でがんばらなアカンのや。」と自分に言い聞かせていたのです。
次第に結婚を意識するようになります。
その時、自分の未熟さをより意識するようになりました。
「このまま結婚してやっていけるのか?」
「結婚したらなかなか転職なんてできないぞ。この嫌な仕事を一生続けるのか...。」
「このままでいいのか?」
ふつふつと心の底に眠っていた感情が湧き出てきました。それは、
「自分の得意だった絵の能力を生かせる仕事に就けたら、どんなに幸せだろう。今動かなければ一生モンモンとした人生をおくることになる。それではとても幸せにできない。」という気持ちでした。
小さい頃から好きであった絵を描く仕事、デザイナーのような右脳を使う仕事をしたいと思うようになっていました。Webデザイナーという職業もこのとき知ったのです。
とにかくイラストや、DTP、WEBデザインを学びたい。
気持ちはすぐに固まりました。
それまで支えてくれた様々な人を説得し、神戸に帰ってスクールに通うことにしたのです。
「1年後に再就職して迎えに行く。」彼女にはそう言って納得してもらいました。
スクールには1年間通いました。彼女には1年で迎えに行くといっていたので、スクールが修了するころには就職できているだろうという、この時点でもまだ甘い考えをもっていたのです。
当然、スムーズに転職!というわけにはいきませんでした。
Webデザイナーの求人に限らず、デザイナーの求人にはどれも
「実務経験○年以上」
という条件がのしかかってくるのです。
「未経験者歓迎!」
という求人も、結局は膨大な応募者の中に経験者がいると、未経験者は書類選考で落とされてしまうというのが現実です。
「いったい何回履歴書を書いたらいいんだ!」
50社ほど応募して、面接にこぎつけたのが10件。
10件目の面接にして、ようやく私は前職を退職してから446日目でWebデザイナーへの道が開けたのです。
このブログでは、そんな私の業務日記を中心に、これからWebデザイナーを目指す人たちへのメッセージも交えながら掲載していきます。こんな私だからこそ、伝えられるものがあると確信しています。
■小林謙輔 経歴
1975年8月兵庫県神戸市生まれ
小学校時代は少年野球で補欠、思い出は試合で打てたホームラン
中学校時代は美術部に所属するも幽霊部員で参加せず
高専時代は応用化学科、柔道部主将。筋トレ、寝技、競馬が趣味
その後約5年間、化学会社に勤務
2001年8月、悔いの無い人生を送るべく退社
ヒューマンアカデミーにてDTP、Webデザインの基礎を学ぶ
2002年 6月 イラストレーターとしての初仕事GET
2002年 11月 アルバイトとしてWeb制作会社に潜り込む。
2003年 1月 Webデザイナーとして正式に採用される。
2003年 2月 結婚
~2006年4月 Web制作会社にてWebディレクター・Webデザイナーとして勤務。
2006年 7月~。こちらの記事に書いた理由もあり、一企業のWeb担当として再スタート
e-mail: kobasuke@hotmail.com
